歌っているときに、
「裏声が出ない」
「昔は出ていたはずなのに、今は出せない」
そんな違和感を感じたことはありませんか。
裏声が出ないという悩みは、決して珍しいものではありません。
それでも、「気のせいかな」「そのうち戻るだろう」と見過ごされやすく、原因や対処法が正しく理解されないまま放置されているケースがとても多いのが実情です。
このコラムでは、
裏声が出ないとはどういう状態なのか、
なぜその状態が起こるのか、
そしてどうすれば取り戻していけるのかを、
感覚論ではなく、生理学的な視点から順を追って解説していきます。
「裏声が出ない=才能がない」という話ではありません。
声帯に何が起きているのかを正しく知ることで、見え方は大きく変わります。
まずは、裏声が出ない状態そのものを整理するところから始めていきましょう。
裏声が出ないとはどういう状態?
信じられないと思う人もいらっしゃるかもしれませんが、裏声が出せない人は実際にいらっしゃいます。
声を出すときの体や喉の使い方のクセが長年積み重なると、裏声と呼べる音の状態がうまく作れなくなってしまうことが起こりうるのです。
裏声が出せない人は、大きく分けて2つのパターンに分けることができます。
裏声が全く出ないタイプ
音域が地声の範囲で止まっており、それ以上高い音を出そうとしても声が出ない、もしくは苦しくなるだけで音程が上がらない状態です。
無理に出そうとすると、喉が詰まったり、声が止まってしまったりします。
地声と裏声の区別が感じづらいタイプ
これは「自分が出している声が地声なのか裏声なのか」が分からず、声の種類が一つしかないように感じている状態です。
音程が上下しても声の質感がほとんど変わらず、「裏声に切り替わった」という感覚を持ったことがない人も含まれます。
この2つの症状は、どちらも「裏声らしい音質の声」が消失してしまっている状態だと言えます。
そのため、これらはどちらも「裏声が出ない状態」として説明することができます。

裏声が出なくなってしまう原因とは?
裏声が出なくなってしまう原因は、
基本的に一つです。
それは、裏声らしい裏声を長い間使ってこなかったことです。
私たちの脳は、「よく使うものは残し、使われないものは必要ないものとして扱う」という性質を持っています。
そのため、裏声をほとんど使わない状態が続くと、脳が
「この裏声らしい声は、あまり使われていないし、なくても困らないのでは?」
と判断してしまいます。
その結果、裏声を出そうとしても体や喉がうまく反応しなくなり、裏声らしい裏声が出せなくなってしまうのです。
これは才能や声質の問題ではなく、単純に「使われなくなった声の出し方が弱くなっている状態」だと言えます。
「長年」と聞くと、大人になってからの話だと感じるかもしれませんが、必ずしもそうとは限りません。
実際には、高校生くらいの年齢であっても、すでに裏声が出せなくなってしまっている人は存在します。
つまり、数年から十数年ほど裏声を使わない期間が続けば、それは十分に「長年」と呼べる状態だと考えてよいでしょう。
日常生活や歌の中で裏声を使う機会が少なければ、年齢に関係なく、この状態は起こり得ます。
裏声が出せないと何がダメなの?
「裏声を使わないから出せなくなっただけなら、出せなくなっても特に困らないのでは?」
そう思う方も多いと思います。
実際、日常会話で裏声を使う場面はほとんどありませんし、
普段歌っている曲が地声中心であれば、違和感を覚えないまま過ごせてしまうこともあります。
しかし、実際はそんなに単純な話ではありません。
裏声が出せなくなることで生じる弊害は、想像以上に多く、しかも気づきにくい形で積み重なっていきます。
ここでは、その代表的な問題を順番に見ていきましょう。
① 歌える曲の幅が狭まる
裏声が出せなくなると、まず影響が出るのが歌える曲の選択肢です。
以前は問題なく歌えていた曲でも、久しぶりに歌ってみたときに、
裏声に切り替わるフレーズで声が出なくなったり、
高音部分で詰まったり、
地声で無理に押し上げるしかなくなったりします。
その結果、歌えるキーは下がり、選べる曲は減っていきます。
高音に裏声を含む曲や、地声と裏声を行き来する曲を避けるようになり、
特定のアーティストやジャンルから自然と距離を取るようになります。
裏声が出せなくなることは、
一部の曲が歌えなくなるという話ではありません。
歌える曲を自分で選べなくなっていく。
それが、この問題の本質です。
②裏声を出すために必要な筋肉が衰える
これが最も重大なデメリットです。
裏声というのは、声帯表面の粘膜部分(カバー層)が中心に振動することで生まれる声です。
声帯の表面だけを振動させるためには、まず声帯そのものを引き伸ばさなければなりません。
声帯が引き伸ばされると、カバー層には適度な硬さ、つまり弾性が生まれます。
一方で声帯の内部にある筋肉層(ボディ層)は、引き伸ばされることで力が抜け、弾性が弱まります。
このように
・カバー層には弾性が生まれ
・ボディ層の弾性は弱まる
というバランスが作られることで、結果的に声帯の表面だけが振動しやすい状態が成立します。
これが、裏声が出ているときの基本的な構図です。
裏声が出せないと、この声帯を引き伸ばすための動きそのものを、脳が少しずつ忘れていきます。
すると、声帯の長さや張力を細かく調整する感覚が鈍くなり、音程のコントロール精度が下がったり、高い声が出なくなるといった悪影響が現れてきます。
つまり、「裏声が出ない」だけでなく、
声全体のコントロール能力そのものが低下してしまうという問題につながってしまうのです。
発声を基礎から学びたい方は「発声基礎レッスン」へ!裏声が出せるようになる方法
裏声が出せなくなる原因と、裏声が出せないことによるデメリットはここまで説明した通りです。
ここからは裏声が出せるようになる方法をお伝えしていきます。
最もオススメなのは「吸気性発声」
裏声を出せるようになるための方法として、最もおすすめできるのが「吸気性発声」です。
これは、息を吐きながら声を出すのではなく、息を吸いながら声を出す発声方法を指します。
一見すると不思議に感じるかもしれませんが、日常生活でも、強く驚いたときに「はっ」と、息を吸いながら声が出ることがあります。
吸気性発声は、その状態を意図的に再現する練習です。
なぜ、息を吸いながらだと裏声が出しやすくなるのか。
理由は単純で、息を吸う動作には、反射的に声帯を開く動きが伴うからです。
声帯を開く動きと裏声との関係
裏声が出ない人の多くは、声を出そうとした瞬間に、無意識のうちに肺から空気を強く押し出しています。
すると声帯には強い圧力がかかり、その圧力に耐えようとして、声帯は一生懸命に閉じ、短くなり、分厚くなります。
この状態では、声帯の表面だけを振動させることができず、裏声に必要な条件からどんどん遠ざかってしまいます。
一方で、「声帯を開く」、「声帯を伸ばす」といった動きは、声帯が肺からの強い空気圧に耐えなくていい状態を作るための動きです。
声帯を開く(伸ばす)動きが起こることで、体が「弱い圧力で声を出すモード」へ切り替えるのだと考えてください。
吸気性発声では、息を吸うことで反射的に声帯が開く動きが起こります。
その結果、声帯は勝手に「圧力に耐えなくてもいい状態」になり、声帯を伸ばして薄くする動きが入りやすくなり、結果として裏声が出やすくなる、という流れが生まれます。
ここには力で操作する要素がほとんどなく、反射と物理条件だけで裏声に近い状態を作れるという点が、この練習の大きな利点です。
吸気性発声のやり方
やり方はシンプルです。
強く驚いた瞬間をイメージしながら、「はっ」と息を吸いながら音を出してみてください。
ロングトーンができなくても構いません。
スカスカで、すぐに途切れる音で問題ありません。
理想的なのは、弱く、スカスカしていて、澄んでおり、雑音がなく、柔らかく、攻撃的な印象がまったくない声です。
キンキンした攻撃的な音や、エッジボイスのような雑音が混じる状態は避けてください。
音程よりも、まずは音質を優先します。
音域は、E4〜B4あたりが最も裏声を作りやすい範囲です。
無理に高い音を狙う必要はありません。
この練習によって、裏声の音質や感覚をはっきりと体に覚えさせたら、次は同じ声を、息を吐きながらでも再現していく段階に進みます。
吐きの裏声へ移行するときの考え方
吸気性発声によって、裏声の音質や感覚が安定してきたら、吐く息でも同じ声を再現する段階に入ります。
このときに最も重要なのは、息の向きは変えても、声帯の状態は変えないことです。
吸気性発声がうまくいっているとき、声帯はすでに裏声に適した配置になっています。
具体的には、声帯は強く閉じておらず、短くも分厚くもなっていません。
肺からの空気圧に耐える必要がないため、声帯の内部にある筋肉層(ボディ層)は過剰に収縮せず、声帯全体は引き伸ばされた状態になっています。
吐く発声へ移行するときは、この声帯の配置をそのまま維持することが目的です。
新しく声を出そうとするのではなく、すでに出来上がっている声帯の状態を崩さずに、空気の流れる向きだけを変えるイメージを持ってください。
ここで多くの人が失敗する理由は、吐きへ移行する瞬間に息を「吐こうとしてしまう」ことです。
「息を吐こう!」、「裏声を出そう!」という意識が強く働くと、脳や声帯は反射的に「強い圧力に耐えようモード」になってしまいます。
すると、声帯には再び閉じ始め、短く、分厚くなっていきます。
これが、吐いた瞬間に声が重くなったり、苦しくなったりする正体です。
正しい移行では、吐く息の量は極端に少なくて構いません。
音量も出そうとしません。
「吸っているときと同じ声帯のまま、ほんの少しだけ空気の流れを反転させる」
このくらいの意識がちょうど良いです。
もし吐いた瞬間に
・声に芯や雑音が入る
・喉に力が入る
・音量が急に上がる
といった変化が出た場合、それは声帯が再び閉じ始めているサインです。
その場合は無理に続けず、すぐに吸気性発声に戻してください。
再度、声帯が「圧力に耐えなくていいモード」に戻ったことを確認してから、もう一度、吐く方向への切り替えを試します。
このように、吸気性発声から吐く発声への移行は、
「新しい発声を作る工程」ではなく、
すでにできている声帯の状態を保ったまま、空気の扱い方だけを変えていく工程です。
ここを丁寧に行うことで、裏声は吸気だけの特殊な声ではなく、通常の発声の中でも自然に使える声へと変わっていきます。

よくある質問
Q1. 裏声が出ない人って、本当にいるんですか?
はい、実際にいます。
長年の声の使い方のクセによって、裏声と呼べる声の状態が作れなくなっている人は少なくありません。
この場合は、声帯が強い圧力に耐える使い方に固定されているため、まずは弱い圧力で声を出す感覚を取り戻す練習が有効です。
Q2. 裏声が出ないのは、年齢や老化が原因ですか?
いいえ。
年齢そのものが原因ではなく、裏声を使わない期間が長く続いたことが主な原因です。
年齢に関係なく、声帯が圧力に耐えなくていい状態を作り直すことで、裏声は再び機能し始めます。
Q3. 裏声が出なくても、歌えていれば問題ないのでは?
短期的には問題を感じないこともありますが、
裏声が使えない状態では、歌えるキーが下がり、選べる曲やジャンルが徐々に減っていきます。
裏声を取り戻すことで、高音を無理に押し上げる必要がなくなり、歌える曲の選択肢を広げることができます。
Q4. 裏声が出ないと、高い声も出なくなりますか?
影響します。
裏声が使えないと、高音域でも声帯が分厚いままになりやすく、音程を上げるほど喉が詰まりやすくなります。
声帯を引き伸ばして薄く使う感覚を取り戻すことで、高音域の詰まりは軽減されていきます。
Q5. 裏声が出ない状態は、練習すれば改善しますか?
改善します。
裏声は失われた能力ではなく、使われなくなっていた機能です。
声帯が圧力に耐えなくていい状態を安全に作れる練習を行うことで、裏声は段階的に戻ってきます。
まとめ
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
裏声が出ない状態は、特別な才能の問題でも、年齢による衰えでもありません。
多くの場合、長い間使われなかったことで、声帯が本来持っている「裏声という選択肢」を選ばなくなっていただけの状態です。
力を入れて声を出そうとするほど、声帯は強い圧力に耐える使い方に偏り、裏声から遠ざかっていきます。
一方で、圧力を下げ、声帯が無理に耐えなくていい条件を作ることで、裏声は少しずつ機能を取り戻していきます。
裏声は、無理に作り出す声ではありません。
正しい条件が整えば、自然に出てくる声です。
もし今、裏声が出ないことで悩んでいるのであれば、焦らず、力を抜きながら、声帯の使い方を一つずつ思い出していってください。
このコラムが、その第一歩になれば幸いです。
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