私たちが普段何気なく使っている「声」。
しかし、その声がどのように生まれているのかを正確に説明できる人は意外と少ないものです。
歌を上達させるためには、まず声帯の構造と動きの原理を理解することが欠かせません。
ここでは、声帯の内部構造・振動の仕組み・地声と裏声の違い、そして“ハッキリ鳴る声”の正体について、順を追って解説していきます。
声帯は「カバー」と「ボディ」の二層構造
声帯は喉の奥、気管の入口にある小さなヒダのような器官です。
この声帯が振動することで空気が音になり、声として聞こえます。
しかし声帯は単なる膜ではなく、異なる性質を持つ二つの層で構成されています。
・カバー層(cover)
声帯の表面にある柔らかい粘膜の層で、息の流れによって波のように大きく揺れます。
この“カバーの揺らぎ”が粘膜波と呼ばれ、声の柔らかさや響き、明るさを生み出します。
・ボディ層(body)
カバー層の下にある筋肉を含む層で、声帯の形や厚みを支えながら一緒に振動します。
ただし、ボディはカバーのように大きく波打つのではなく、深い層でゆるやかに動くのが特徴です。
この動きが強く関わるほど、声に芯とパワーが生まれます。
カバーが表面で揺らぐ部分、ボディは内側で動きながら全体を支える部分。
この二つが一体となって働くことで、軽やかな裏声から力強い地声まで自在にコントロールできるのです。
ボディ層は「内側」と「外側」に分かれている
ボディ層の中には、「甲状披裂筋(TA)」と呼ばれる筋肉が通っています。
この筋肉は実はひとつの塊ではなく、内側と外側の二つの領域に分かれています。
・内側甲状披裂筋(声帯筋/vocalis)
声門(空気の通り道)に最も近い位置にあり、
声帯の中心で実際に振動を生み出す主役です。
この筋肉が声の“鳴り”や“明瞭さ”を直接コントロールしています。
・外側の甲状披裂筋(TA proper)
その外側を包むように走る筋肉で、
声帯全体の形を外から支える“構造的な支え”の役割を持ちます。
つまりボディ層は、「動かす内側」と「支える外側」という二つの役割で成り立っています。
この二層の連携によって、声帯の厚みや硬さ、音色の変化が生まれるのです。

地声と裏声はどのように作られるのか
声の高さにかかわらず、「地声」と「裏声」の違いは、単純に“高い声・低い声”という音の高さの差ではなく、声帯のどの層までが振動しているか、どのくらい結合しているかによって決まります。
地声(chest voice)――ボディ層まで結合した状態
地声では、内側の甲状披裂筋(声帯筋)がしっかり働いています。
この筋肉が収縮することで、カバー層とボディ層が強く結合します。
その結果、振動は表面だけでなくボディ層まで伝わり、振動範囲が大きくなることで、発声の体感が地声になります。
(※内側の甲状披裂筋(声帯筋)までがきちんと振動に参加できれば、外側の甲状披裂筋が動いていなくても地声体感は十分に生み出せます。)
そこに外側の甲状披裂筋(TA proper)も適度に働くと、声帯全体のフォームが安定し、物理的な厚みが増します。
外側が支えとして働くことで、内側で生まれた振動がより太く安定し、声の重心が下がって、より“重たい地声”が作られます。
このとき、声帯同士の接地は深く、閉鎖時間が長くなるため、空気の流れをしっかり遮断でき、息漏れがほとんど無い地声が作られます。
地声の音が「太い」「芯がある」「ハッキリしている」と感じられるのは、この深い層までの振動と、厚い接地によるエネルギー密度の高さによるものなのです。
裏声(falsetto)――カバー層だけが振動する状態
一方の裏声では、声帯はCT(輪状甲状筋)によって前後に引き伸ばされます。
筋肉は引き伸ばされると力が入れづらくなるので、ボディ層の活動が弱まり、カバー層とボディ層の結合がほどけ、ボディ層は振動から外れます。
結果として、振動はカバー層の表面だけで起こり、深部の波動がほとんど存在しません。
声帯の接地は浅く、閉鎖時間も短いため、空気が多く抜け、柔らかく軽い音になります。
裏声の「息が混じったような」「繊細で airy な響き」は、まさにこの結合の薄さと、表層のみの振動によるものなのです。
外側の甲状披裂筋を使いすぎると、声が詰まってしまう
外側の甲状披裂筋(TA proper)は、声帯の外側から全体の形を支える役割を持っています。
適度に働くことで声帯に厚みが出て、接地面が安定し、芯のある地声が生まれます。
しかし、この筋肉を過剰に使いすぎると、カバー層と声帯筋が外側の異常に分厚い筋肉に外から押し潰されるような形になり、粘膜波の動きが止まり、声が詰まったように硬くなってしまいます。
つまり、外側の筋肉は「鳴らすための力」ではなく、「フォームを支えるための力」。
外側がやりすぎると、声は太くなるどころか重たく、響きの少ない声になってしまいます。
外側の甲状披裂筋は、あくまで“支え”として軽く働くくらいが理想です。
声帯筋の結合以外の役割
内側の甲状披裂筋(声帯筋)は、カバー層との結合を作るだけでなく、声帯の閉じ方にも直接関与しています。
この筋肉が働くと、声帯が下から上へと閉じていく動き――つまり位相の厚みが増し、閉じている時間が長くなります。
その結果、息漏れが少なくなり、かすれのないハッキリとした音になります。
つまり声帯筋は、結合を作るだけでなく、「声の息っぽさを無くす直接的な要因」にもなっているのです。
接地面の位相とは
声帯は上下が同時にパタンと閉じるのではなく、下側(肺に近い側)が先に閉じ、上側が少し遅れて閉じます。
この時間差が「接地面の位相(closure phase)」と呼ばれます。
上が閉じるころには、下はすでに空気圧で押し開かれ、次のサイクルに入っています。
つまり声帯は、下から上へと波のように動きながら、閉鎖と開放を繰り返しているのです。
この上下のズレによって、声帯はしなやかに波打ち、自然な倍音を含んだ豊かな響きを生み出します。
外側の甲状披裂筋も位相の厚みに関わる
位相の厚みを作る主な役割は内側の甲状披裂筋にありますが、外側の甲状披裂筋(TA proper)もまったく無関係ではありません。
外側が軽く関与すると、声帯全体の形がわずかに変化し、接地面の広さと閉鎖の持続時間が少し伸びます。
その結果、音の密度が高まり、より「重心の低い地声的な響き」に近づきます。
声帯の構造をイメージしやすくするために、拳・毛布・タオルケットを使って考えてみましょう。
拳の上に毛布、その上にタオルケットがかけられているのを想像してください。
いちばん下にある拳が、声帯の外側にある外側の甲状披裂筋です。声帯全体の形を支える“土台”のような役割を持っています。
その上にある毛布が、声帯の中心で振動を生み出す内側の甲状披裂筋。さらにその上を覆っているタオルケットが、表面で大きく波打つカバー層です。
声が鳴るときは、主に毛布(内側)とタオルケット(カバー)が連動してしなやかに動きます。この二層の動きが「接地面の位相(下から上へ閉じていく時間差)」を作り、声のハッキリとした鳴りを生み出します。
一方、拳(外側)は直接設置面に関与するわけではありませんが、上の二層を下から支えて形を整える働きをします。拳が少し大きくなると、毛布とタオルケットがより広い面で安定して触れ合えるようになり、接地面が広がって閉鎖が粘り強くなります。
その結果、音の密度が高まり、より地声的な響きに近づきます。
ただし、拳が大きくなりすぎると、毛布やタオルケットが押されて動きにくくなり、粘膜の波打つ動きが止まってしまいます。これが、外側の筋肉を使いすぎたときに声が硬く、詰まった印象になる理由です。
外側の筋肉は、声を鳴らすための“エンジン”ではなく、カバーと内側が自由に動けるようにする“支え”。ほんの少しだけ関与している状態が、最も自然で鳴りやすいバランスです。

CT(輪状甲状筋)と甲状披裂筋の関係〜ミックスボイスを支える「張り」と「伸び」のバランス〜
CT(輪状甲状筋)が強く働くと、声帯は引き伸ばされて内部のボディ層が弛緩し、カバー層だけが振動する「裏声的な状態」になります。
では、本来なら裏声になってしまうこの状態を、どうすれば“地声のように芯を保ったまま”鳴らすことができるのか。
ここからは、そのバランス――すなわちミックスボイスがどのように成立するのかを解説します。
ミックスボイスの声帯の状態
ミックスボイスでは、CTによる「伸ばす力」と、内側の甲状披裂筋による「支える力」が絶妙に釣り合っています。
CTが声帯を前後方向に引き伸ばしてピッチを上げようとする一方で、内側の甲状披裂筋(声帯筋/vocalis)が内部から局所的に収縮し、弛緩しきらない張りを保つように働きます。
その結果、声帯は見た目には薄くなっていますが、内部には剛性と弾力が残るため、軽くなりすぎず、地声のような密度を維持できるのです。
つまり、
・CT → 声帯を伸ばして高音化する
・内側TA(vocalis) → 伸ばされながらも内部剛性を維持する
という2つの力が釣り合うことで、「高音でも地声のような響き」=ミックスボイスが成立します。
なぜ内側の甲状披裂筋にそれができるのか
内側の甲状披裂筋は、声帯の中でも最も繊細な構造を持つ部分です。
筋繊維が非常に細かく、神経支配も精密なため、部分的に収縮・弛緩させることができます。
この微細なコントロールにより、「引き伸ばされて緩みそうな部分」にだけ、少し緊張を残すことができるのです。
CTによって全体が引き伸ばされても、内側の甲状披裂筋が局所的な張力を保つことで、声帯内部に“支え”が残り、裏声へ移行せずに鳴らし続けられます。
これがミックスボイスを支えるメカニズムです。
外側の甲状披裂筋にはその繊細な制御ができない
一方、外側の甲状披裂筋(TA proper)は、粘膜振動面から距離があり、筋線維の単位も大きいため、部分的な収縮や微細な張力調整はできません。
外側は声帯全体を短く・厚くする大きな形状変化を担う筋肉であり、張力バランスを細かく保つ役割には向いていません。
そのため、「伸ばされながらも鳴らす」という制御ができるのは、内側の甲状披裂筋だけなのです。
高音が出ないとき、声帯の中では何が起きているのか
ミックスボイスが成立するのは、CT(輪状甲状筋)と内側の甲状披裂筋(声帯筋)が絶妙なバランスを取り合っているからでした。
CTが声帯を前後に引き伸ばしてピッチを上げ、内側TAがわずかに張力を残して弾力を支える。
この“伸ばされても鳴る”状態が保たれている限り、高音でも地声のような響きが得られます。
しかし――このバランスが崩れると、声は一気に不安定になります。
「喉が詰まる」「力んでしまう」「裏返る」など、高音が出ないときに起こる現象の多くは、声帯内部での力の方向がずれていることが原因です。
声帯の働きは非常に繊細で、どちらか一方が強くなりすぎるだけで振動そのものが破綻します。
ここでは、代表的な2つのパターンを見ていきましょう。
パターン①:外側の甲状披裂筋が優位になりすぎている場合
最も多いケースがこれです。
CTが声帯を引き伸ばしてピッチを上げようとしているのに、外側の甲状披裂筋(TA proper)が強く収縮して、声帯全体を外側から押し潰すように固定してしまう。
声帯は「伸びたい」のに、外側が「縮もう」としている――この拮抗が起きると、声帯全体が板のように硬くなります。
その結果、
・粘膜波が表面で止まり、柔らかく動かなくなる
・カバーとボディが強く密着しすぎ、上下方向の位相差が消える
・声帯の閉鎖が“押しつけ型”になり、空気の流れが詰まる
つまり、伸展のための柔軟性を外側TAが奪ってしまうのです。
このときの発声は、外見的には「地声で頑張って高音を出そうとしているように見える」状態です。
しかし実際には声帯が固まり、空気圧を逃せないまま押し上げるような発声になっています。
結果的に、声は張り上げたように響き、音程が上がらない・苦しい・喉が締まる――と感じるわけです。
パターン②:CTが優位になりすぎている場合
もう一つのパターンは、その逆です。
CTが強く働きすぎて、声帯が過度に引き伸ばされ、ボディ層(特に内側甲状披裂筋)が完全に弛緩してしまう状態です。
このとき、
・声帯が細く薄くなりすぎて、張力が内部に残らない
・カバー層だけが振動し、ボディ層が振動に参加しない
・閉鎖時間が短く、息漏れが多い
音としては、裏声(ファルセット)に近くなり、息が多く混じる軽い響きになります。
この状態では、声帯が十分に“鳴って”いないため、音量が出ず、ピッチも不安定になりやすい。
「高音は出るけど薄い」「息っぽい」「芯がない」と感じるのがこのタイプです。
二つのバランスの間にミックスボイスがある
この二つのパターンは、まるでシーソーの両端のような関係にあります。
・外側TAが強すぎる → 固まって潰れる(押し上げ型)
・CTが強すぎる → 伸びすぎて弛緩する(息漏れ型)
そして、そのちょうど中間点で釣り合いが取れているのがミックスボイスです。
内側の甲状披裂筋が、伸ばされて弛緩しそうな瞬間にほんの少しだけ緊張を残す。
このわずかな反発が、CTの伸展と拮抗して内部の剛性を保ち、「伸びても鳴る」理想的な状態を作り出します。
この絶妙な張力バランスが崩れると、人は喉で補おうとし、結果として“力む”“苦しい”という感覚になります。
感覚的に言うと
・外側が強すぎるとき → 「喉が閉まる」「押し上げる」「叫ぶようになる」
・CTが強すぎるとき → 「息が漏れる」「芯がない」「スカスカする」
高音が出ないという現象の正体は、実は筋肉の力関係が極端に偏っていることなのです。
そして、そのどちらにも偏らず、「伸びながらも緊張が保たれている」状態を維持しているときだけ――
声帯は軽く、しかし力強く鳴り続けることができます。
このように、高音が出ないときというのは、単に“喉の使い方が悪い”のではなく、
声帯内部の筋肉が本来持つ「拮抗の仕組み」が崩れている状態です。
CTと内側甲状披裂筋がちょうど釣り合っているとき――そこにこそ、ミックスボイスの理想的なフォームが存在します。

よくある質問
Q1. 高音を出そうとすると喉が締まってしまうのはなぜですか?
喉が締まるのは、多くの場合外側の甲状披裂筋が過剰に働いている状態です。
本来CTが声帯を伸ばすとき、内側の甲状披裂筋が柔軟に拮抗してバランスを取る必要があります。
しかし外側が優位になると、声帯を外から押し潰すように固定してしまい、柔軟な粘膜振動が妨げられます。
その結果、空気が抜けず、圧が上がって「喉が詰まる」ように感じるのです。
Q2. 裏声を出すときに息が漏れてしまうのは?
裏声ではCTが強く働くため、声帯が細く伸びきった状態になります。
このときボディ層(甲状披裂筋)が弛緩しすぎると、カバー層だけが振動して閉鎖が浅くなり、息漏れが生じます。
息漏れを減らすには、内側の甲状披裂筋を少しだけ働かせて内部の張りを保つ練習が効果的です。
Q3. ミックスボイスが安定しないのはなぜ?
CTと内側TAのバランスが日によって微妙にずれている状態です。
喉が重く感じる日はTA優位、軽く感じる日はCT優位になっていることが多く、
この拮抗関係が安定していないと、音程や声質も毎回変わってしまいます。
「力を抜く」と「張りを保つ」を同時に感じ取れるようにすることが、ミックスボイス安定のカギです。
Q4. 練習しても高音になると声が“ひっくり返る”のは?
これはCTが強く働きすぎて、内側の甲状披裂筋が活動を保てなくなっている状態です。
声帯の内部剛性が一気に失われ、カバー層のみが振動することで急に裏声へ移行してしまいます。
「ひっくり返り」を防ぐには、CTの力を少し抑えつつ、内側TAをわずかに支えるように意識することが重要です。
Q5. 「喉仏を上げないように」と言われますが、それも関係ありますか?
はい、あります。
喉仏を無理に下げたり上げたりする行為は、外側の甲状披裂筋や周囲の外喉頭筋を過剰に緊張させる原因になります。
その結果、声帯内部のバランス(CTと内側TAの拮抗)が乱れ、粘膜波が途切れやすくなります。
「喉仏の高さ」は意識で固定するのではなく、あくまで声帯内部の柔軟さによって自然に変化するものと考えるのが正解です。
まとめ
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
声帯の仕組みを知ることは、単に理屈を理解するだけでなく、日々の練習の“感じ方”を変えてくれます。
どんなに難しく感じる高音も、体の中で何が起きているかを理解すれば、確実に道が見えてきます。
焦らず少しずつ、今日の内容を自分の発声に落とし込んでみてください。
あなたの声が、より自由に、よりあなたらしく響くようになりますように。